その後の「まわりのアメリカ」 

<ワシントンDC→チャペルヒル番外編>

どこだかわかる?

  <その後のまわりのアメリカ 目次> 


4月4日(火):ワシントンDCを訪れるのは,これで4回目だ。今回は,ニースから出席している学会に出席,自分達の仕事を発表するため。成田に比べて大幅にチェックインが楽な箱崎シティエアターミナルに味を占め,今回もガラガラのカウンターで荷物を預け,出国手続きを済ませ,リムジンバスで成田へ,一人2,900円。相変わらず鼻から喉にかけてむずむずして,くしゃみが出る。成田空港の第1旅客ターミナル北ウィングはずいぶんと新しくきれいになっていたが,搭乗口のある場所は以前と変わらないので,かえって歩かされるようになったかな。今まで使っていた南側が今度は改装工事中なようなので,ま,これもそのうち変わるんだろうけれど。同じ学会に出席すると思われる日本人もずいぶんと見かける。ワシントンDCへは,マイレージを持っているユナイテッドでは直行便がないのでシカゴ経由で。全日空だと直行便があるのだが,ワシントンDCの中心部から30分ほど車で行ったところにあるダレス空港に着くことになるので,多少乗り換えがあっても中心地に近いレーガンナショナル空港の方がやはり便利だろう。

シカゴ・オヘア空港
博物館の展示が空港にも

 シカゴの厚い雲を抜けた下界は,なんと雪。さすがに積もってはいなかったが,気温は1℃。今回の旅行は直前までの気候を参考に,割と軽装で準備したのだが,これでよかったのだろうか?日本との時差は,−14時間。シカゴでは4日が始まったところだ。連続で起き続けてきたのとフォアグラ状態にさせられていたため,少しまいってきた。

 この空港で入国となるため,一度トランクを受け取り入国・通関手続きを済ませる。僕らの記録はまだ残っていたらしく,係官から「アメリカに住んでいたね?」と一言。シカゴ・オヘア国際空港には7本の滑走路があり,乗降客も世界最多とのことで,とにかく広い。空港内を走るATS(Airport Transit System)と呼ばれるシャトル電車に乗り,再びワシントンDCへの飛行機に乗り換える。

 自分の席に着くときに,ベルトの長さを短めに調節しなくてはいけないときは,ほっとするが,その逆だとけっこうショック。ま,太ったアメリカ人ばかりが乗っているわけではないのだけど。ワシントンDCへの飛行機も特にトラブルもなくスムーズに着陸。が,外は雨模様。

 
ホテルからの眺望

 レーガンナショナル空港からは,ホテルのシャトルで。予約を入れておいたエンバシースウィートホテルに電話をかけたら,わりとすぐに迎えに来てくれた。便利,便利。まわりに見知った日本人がいなくなったのが,なんと言っても,気楽。実はこのホテルに泊まるのも4度目だ。屋上まで吹き抜けになっているのでわりと開放的なのも気に入っている。部屋もまずまずで,ワシントンモニュメントが目の前に。午後5時から7時は,ビールやカクテル,ソフトドリンクなどの飲み物と軽いつまみが宿泊客には無料でサーブされる。飛行機から降りたばかりでお腹も減っていないし,外に出るのも面倒なので,そのままこれを夕食代わりにする。娘が楽しみにしていたプレイルームは,なんと会議室に模様替えされていた。ショック。

 時差ボケをぎりぎりまで我慢しながら,そろそろ眠りにつこうとした夜10時過ぎ,突然,耳をつんざくようなアラート音。「火災警報です。直ちに部屋を出て,エレベータを使わずに階段で外へ脱出して下さい(英語)。」すぐには理解できなかったが,きっと何かの間違いだろうと部屋の外へ出てみると,吹き抜けから見える各階とも,かなりの人が避難しはじめている。警報もとぎれず続いている。煙や炎は見えないものの,いやぁ,こりゃどう考えてもまずい状況だろう。即座に部屋に戻り,パスポートと現金をリュックに入れ,既に眠っていた娘を抱き,学会発表用の資料を片手に階段を8階分下った。階下のロビーは人でごった返しているし,みんな真剣な面もち。ほとんど着の身着のままで,子供達は裸足の子が多く,無理やり起こされたのか泣き声もそこここで。チェックインの時に応対してくれた女性従業員が見つけたので,「いったい何があったんだ?」と聞くと,「誰かがエレベータでたばこを吸ったのよ」「それだけ?もう大丈夫なの?」「ええ。通常のエレベータは止まっているから業務用ので部屋に戻ってね」

悪い冗談で済んでよかった。ホテルの火災警報なんて聞く機会あまりないもんね。

4月5日(水):学会場まで朝9時を目指して出かけた。家族とは昼間は別行動。ホテルからメトロトレインの駅まで徒歩10分ほど。繁華街にあるホテルではないので,駅までの道がちょっと寂しいのがちょっと不安だが,まぁ良しとしよう。とにかく寒い。肌を突き刺すような冷たい風も吹いている。誰だ?半袖で歩けるなんて言ってたのは?

 コンベンションセンターに一番近い地下鉄の駅は,「メトロセンター」。駅から外に出たものの,方向感覚を失う。街灯には桜祭りのペナントがそこここに下がっているが,肝心の桜の花はやはり見かけない。闇雲に歩いてみたが,どうも様子が違うようだ。いい加減な地図しか持たずに出かけたのが敗因。メインストリートを探しながらなんとかコンベンションセンターが見えた頃には9時を回っていた。9時からはバルティモアにある歯科博物館と歯学部の見学ツアーがあったのだが,残念ながらすでに満杯。まぁそのうちまた来る機会もあることだろう。あきらめることにする。

Washington Convention Center

 午前中はほとんど開場のセレモニーだけなので,登録を済ませて名札をもらったら,会場を離れて仲間達とモール周辺を散策することに。まずスミソニアン博物館の一つ,国立自然史博物館にあるIMAXシアターで「ガラパゴス」という3Dドキュメンタリーを見た。約45分の内容で6ドル50。この地域独特の陸の生物,深海の生物を3D眼鏡をかけて見せるもの。3D効果はさりげなく使われていて,映像もきれいだったし,内容もわかりやすかったので,まぁまぁかな。

 昼までにはまだ時間があるので,隣にあるアメリカ歴史博物館に移った。ここに来たのは初めて。アメリカの歴史というと開拓史時代のことが総論的に丁寧に展示されているのかと思ったのだが,どちらかといえば各論的で,車,船,鉄道などの交通手段,印刷,造幣,コンピュータ,織物,楽器,スポーツなどさまざまな産業や文化の発展を,つい最近のところまでの流れを細かくわかりやすく展示している。ここもかなり広いので,ある程度きちんと見るには最低でも2,3時間はかかりそうだ。なかでも大統領夫人について焦点を当て,ファーストレディとしての役割の変遷やファッションなどの展示は興味深かった。

スタートレックで使われていたフェイザー銃
ベーブ・ルースのサイン入りホームランボール
シカゴ・ブルズマイケル・ジョーダンが着ていたユニフォーム
クリスエバート使用ラケット

 

 

いまでも斬新なタッカー
ルート66関係の展示も

 どうやら本当に桜は,そのほとんどが散ってしまっているようだ。日本を出るときにそろそろ桜の見頃だとテレビで言っていたのを思い出した。今年は日本でもアメリカでも満開の桜を見逃してしまった。

 昼食の場所を見つけようと,学会場近くまで戻ったのだが,結局,会場前にあるCapitol City Brewer Companyという地ビールレストランに入った。ソフトシェルクラブサンド(12ドル50)は,皿からあふれんばかりの山盛りフライドポテトと一緒に出てくる。アメリカだなぁ。味もまずまずだが,チップも入れて一人20ドル程度。完全にここ二日は,カロリーオーバーだ。午後は,興味のある話をいくつか選んで講演を聴き,久しぶりに会う人たちと話をしたりしているうちに時間があっという間に経ってしまった。 

 ワシントンDCの地下鉄の朝夕は,体が触れ合う程度にまでは混雑する。加速と減速の切り替えが激しいので,座っていてもしっかり踏ん張っていないと,ツルツルした座席の上では,お尻が滑ってしまう。日本だったら乱暴な運転だと非難されても仕方ないほどだ。自分のホテルからワシントンDCの市内までは,BlueまたはYellowの路線が使える。Yellowに乗ると一瞬だがポトマック川を眺めることができる。路線はRed, Blue, Yellow, Orange, Greenの5本。一回乗るごとに自動券売機で切符を買うことも可能だが,何度か繰り返して乗る場合は10ドルとか20ドルとか自分の必要な額だけ自動販売機に投入して,フェアカードにためておくこともできる。自分でJRのイオカードを好きな額だけ作る感覚かな。月曜日から金曜日までのラッシュアワーとそれ以外の時間では値段が違うのも面白い。ラッシュアワーの方が,20セントほど高く設定されているのはリーズナブルだが,今回の旅行ではあまり関係なし。

 アメリカは今週から夏時間。夕方5時を回ると日本時間では朝の6時。徹夜明けのような感覚がおそってきて,だんだん辛くなってくる。まだこちらのリズムに合うまでは時間がかかりそうだ。ビジネスマンだったら,失格だな。ホテルまで戻ったところで,気を取り直して,隣の駅のペンタゴンシティへホテルのシャトルで運んでもらう。ここは4層からなる明るく洗練されたショッピングモールだ。店舗数も160ほどと多い。買い物好きの人にはたまらない場所だろう。今まで来る機会がなかったのがもったいないが,アメリカに住んでいた頃はまわりにモールがあったので,それほどありがたみを感じなかったかもしれない。地下はフードコートになっているが,試食させてくれたチキンがうまかったので,Kellyユs Cajun Grillという中華料理風の店のバーボンチキンコンボを注文。けっこういける。また食べ過ぎてしまった。

 アメリカの歩行者用信号の変わる早さには,いつもせかされる。こちらはWALKが点灯するなり点滅を始め,せかされるような気持ちにさせられ,短く感じるのもあるが,渡りきるか渡りきらないうちに赤に変わってしまうほど,歩行可能な時間が異様に短い。老人や障害者には優しくないと思うのだが,これも車で移動するのが前提のアメリカと考えれば,こんなものなのかもしれないなぁ。

 ホテルも学会場近くのものを選べばもっと効率よくいろいろと見て回れたかもしれないなぁ。お気に入りのホテルだったはずなのだが,プレイルームもなくなっていたし,もうこのホテルに泊まることもないかもしれない。

 洗面所の水をためるための栓は,日本と同じように引き上げるノブがあるのだが,これも日本のものと比べると引きしろがずいぶんと長い。引っこ抜けてしまうんじゃないかと思えるほど。TOTOやINAXを見かけることはないので,これもひとつの文化かも。

今日の母子:FBIツアーの射撃見物が圧巻だったとのこと。

 

4月6日(木):昨日はずいぶん寒かったが,今日は半袖に薄手の上着で出歩けるほど。道ばたで売られているワシントンポスト紙は,日本でもテレビや新聞などにも良く取り上げられ,アメリカの新聞の代表格のメディアとして扱われているが,ここでは本当に地元紙だ。昼はきらびやかなロビーフロアーと明るい吹き抜けのあるグランドハイヤットホテルのデリで,サンドイッチ。その後,腹ごなしに時計台のあるロマネスク調のオールドポストオフィスへ。

 

 

フードコート

1899年に建てられ,現在はショッピングセンター兼オフィスビルとして使われている。中に入ると外からは思いも寄らないほど広い吹き抜けが。

地下スペースはフードコートで,たくさんの人で賑わっているが,客層は原宿竹下通りとほぼ同じと見た。展望スペースへは専用のエレベータを1回乗り換え95mの高さまで到着。

ワシントンモニュメントがまだ工事中で登れない現在としては,ここからの眺めでダウンタウンのオリエンテーションを得るのが便利かも。時計台の鐘“コングレスベル”は,イギリスのウェストミンスター寺院にあるのと同じ作りなのだそうだ。この鐘を鳴らすためには,かなりのトレーニングが必要らしく,音を出す練習が決められたメンバーでいつも続けられているそうだ。

コングレスベル
フォード劇場

修学旅行の中学生とおぼしき団体に,どこへ行っても遭遇してしまうのは,スプリングブレークだからか?僕らが以前3月末に,ワシントンDCに来たときには,こんなにたくさんのアメリカ人のお子さま達は見かけなかった。再び学会場へ戻る途中にある第16代のリンカーン大統領が狙撃,暗殺されたフォード劇場にも長蛇の列。

仕方ないので向かいにある,リンカーンが臨終を迎えた家として有名なピーターセンハウスに入ってみた。何のことはない,ただの民家なのだが,リンカーンが息を引き取った部屋が当時のままで残されているところがミソ。

ちなみに今の大統領,ビル・クリントンは,46代目。今年の大統領選で47代目が決定する。ゴア2000とかマケイン2000と書かれた帽子やバッチがわりと簡単に手にはいるのはアメリカらしい。ちなみに現在副大統領のゴアは,ワシントンDCで生まれたとのこと。

ピーターセンハウス

 夕方6時から再びグランドハイヤットホテルでUNC歯学部主催のレセプションに出てみる。日本のコマーシャルにも出演いるS歯学部長夫妻がホスト役で,入り口で一人一人に声をかけてくれる。どうやら僕も顔を覚えてもらったようで,日本でボスのC先生が講演したことについて尋ねられた。もちろん大盛況だったことを伝えた。ボスの顔は立てておかなくちゃ。あまり遅くなると夜道を歩かなくてはいけなくなるので,7時半を過ぎたところで外に出たが,アメリカはサマータイム。まだ外が明るい。

 地下鉄の自動改札機のチケットを挿入すると,あるレーンでは自分が挿入した口に再度出てくるのに,他のレーンでは自分の進行方向の先にチケットが出るため,統一性がないなぁと思っていたら,手元に戻ってくるのは車椅子の人のためのレーンだった。他のレーンに比べて幅も広くなっているし,地下鉄とホームの間も段差がなるべく無いように作られていることに気づいた。地下鉄のエスカレータは,関西方式で右側に立つのがこちらのマナー。急ぐ人は左を歩く。どこの駅でもモBe a nice riderモなんて電光掲示板に出ているんだけど,こっちもやっぱり荒れているのかなぁ。

今日の母子:国立水族館(ここは以前にも行ったこともあり大した施設ではないと思うのだが有料)とアメリカ自然史博物館へ行ったとのこと。

 

やっぱりすぐに落ちてくる風船

 

4月7日(金):今日は,少し時間があいたので,レンタカーを借りて,アウトレットへ。一日ぐらいは家族で行動することに。僕らが持っているノースカロライナの免許証が期限前でまだ有効なので(ほんとか?)国際免許証をとらなくて済むのがありがたい。こちらに住んでいなくても名前と顔が一致するという意味ではPHOTO IDとして通用するらしい。以前にも行ったポトマックミルズも考えたのだが,最近できたというリースバーグ・コーナー(Leesburg Corner)・プレミアム・アウトレットに行くことにした。アーリントンからは,30分ぐらい。天気もまずまず。一般道路の7号線を北西に進み,15号線への出口を出たすぐ右側に。平日の昼間だったためか,結構空いている。

駐車場
歩くだけでも大変

まずインフォメーションセンターでディスカウントチケットを手に入れた。「AAA(トリプルエー)には入ってる?」と聞かれたが,もちろん既に退会済み。何か特典があるのかもしれない。JAFの会員証を持っていれば,AAAメンバーとして扱われることがあるので,アメリカを旅行する際には,持ってきた方がいいかも。市内から少し距離があるため,ここでは日本人買い物客の姿もほとんど見かけなかったが,案内のアナウンスでは,英語訛の日本語での案内が時折流れていた。やっぱり日本人はどこでもいいお客さんなんだな。このアウトレットにある有名どころのお店は,ポロ,ナイキ,DKNY,バナナリパブリック,リーボック,ブルックス,ギャップ,そしてバーバリーも。バーバリーのお店はコンパクトでこぢんまりとしているが,好きな人にはたまらないかも。

 ポトマックミルズに比べるとまだ店の数は少ないが,まだまだ拡張される予定らしいので,今後も要注目株だろう。東京にいるときは滅多に買い物にも行く暇もなかったので,その分,ここで普段買えるようなごく普通のYシャツやTシャツなどをいくつか手に入れて,アーリントンに戻る。

 ペンタゴンシティの前にあるペンタゴンセンターというショッピングモールでちょっと買い物。ベストバイでは,レーザーポインター20ドルとマトリックスのDVDを20ドルで購入。相変わらずレジがとろいのが妙に懐かしい。その他,品揃えがちょうど良く子供の本も豊富なBorderユsという本屋も結構時間がつぶせる。LinensユThingsや巨大な衣料品ディスカウントストアMarshallsも地元の人向けで,嬉しいお店だ。ワシントンDC内だと,消費税が5.75%だが,こちらはバージニア州になるので,4.5%とちょっとお徳な感じ。ノースカロライナは6%だが,まだ旅行は続くのであまりここで買い込むことはできない。

 夕食は,以前にも行った,ウーレイオーク(Woo Lae Oak)で。味は変わっていないが,あまり混んでいない時間に行ったからか,炒めてもらったり肉を切ってもらったりと前よりもサービスが良かったような気がする。ボーイに会計の時にチップは15%つけろと言われたのが,カチンときたけど。骨付きカルビと普通のカルビの値段が一緒なのだが,好みにもよるが,骨付きカルビの方がお得な気がする。

4月8日(土):自分の発表がある日だ。ポスターを展示しておき,予め決められた時間にそのポスターの前で説明をするように指定されているのだが,ポスターを貼るのが8時からと指定されている。ちょっと早すぎるよなぁと思いつつも,ホテルの朝食をゆっくり食べていたら,結局,会場には30分ほど遅れてしまった。会場内にはまだポスターがそれほど貼られていないので,ほっとする。自分のボードの前には医局の後輩達が待ちかまえていて,手早く貼ってもらってしまった。ありがたい!

 同じ様な考え方で同じ様な研究をしている人たちが,日本以外にもいるもので,この学会で知り合った研究者達が,僕の発表場所にまた立ち寄ってくれるのが,とてもうれしい。日本の学会では重鎮といわれるような人の顔もちらほら見えるが,こういう人たちはたいていむっつり黙ったままで,発表後に質問やアドバイスなど何のアクションも起こさないのが,とても残念。日本の研究のクオリティだって,そんなに悪いものではないし,自分がやっている研究を世界に宣伝するいい機会なのに,どうして黙っているかなぁ。せっかく自分の研究室の若いスタッフを連れてきていても,そういうものだと思わせてしまいかねないと思うのだが。かと思えば,自分の発表時間にだけぞろぞろと医局員達を引き連れて会場に現れ,発表が終わったと同時にまたその団体で部屋を出ていってしまうなんていうのも,独りよがりでディスカッションをする姿勢すらうかがうこともできず,こんなやり方,他の国の人たちには理解できないだろう。日本で力を持っている人たちの国際化が先なんじゃないかな。

 学会は今日が最終日で,参加者の数も目に見えて減ってきているのだが,どうしても気になる発表がいくつか残っていたので,最後まで居残っていたら,外は土砂降りの雨。でも大丈夫。傘を持ってきた。知らない人が「用意がいいね」と恨めしそう。が,相変わらずアメリカ人は傘が無くても平気で,首を引っ込め背中を丸めて足早に歩いている。乗り慣れたつもりの地下鉄だったが,ぼぉっとしていたのか路線を間違ってしまい,思わぬ時間のロス。といっても急いでいるわけではないので,問題はないのだが,時刻表がお客の見えるところにないので,いつ来るのかわからないのが不便だ。地下鉄専用のフェアカードには2ドルほど残してしまった。今度来るときに使えるかな。いつになるかわからないけど。

今日の母子:ユニオン駅に行き,水陸両用車で観光するダックツアーが面白かったようだ。再度ペンタゴンシティへ。

4月9日(日):ノースカロライナへ移動の日。外はなんと季節はずれの雪。朝はいつも通り,ホテルの朝食。今回,ホテルサービス全体のクオリティが下がっているように感じたのは,残念だったが,朝食に関しては,簡単なバッフェ形式だけど,味もまずまず,必要十分な種類が揃っていたので,こちらは問題なし。5泊で約13万円。100%満足してくれなかったらお金は返金しますというふれこみだが,さすがに言い出せるほど肝っ玉は太くないので,ぐっと飲み込みチェックアウト。ワシントン・ダレス空港までは予めハイヤーを頼んでおいたのだが,すでに運転手がロビーで待っていた。車の屋根には,4,5センチほど雪が。記録的な天気だとニュースでも。空港までチップを含めて約6000円。空港のカウンターで発着のスケジュールに変更がないことを確認して,ターミナルへ。一安心。

 ノースカロライナへは,ジェットストリーム41という30人乗りのプロペラ機で1時間弱。天気もすっかり回復し,木々に囲まれたRDU空港に到着。研究室の後任者であるT先生が迎えに来てくれており,ほっとした。レンタカーは,HERTZに予約を入れていたのだが,混んでいて随分と待たされてしまった。時間節約のためには,Thriftyのようにもう少し弱小の会社を選ぶか,HERTZの#1クラブに加入しておく方がいいかもしれないなぁ。出発前にあわてて加入したユナイテッドのクレジットカードだが,ここまでは間に合わなかった。

カウンターではもしものために携帯電話も一緒に借りることにした。日本で携帯電話が一般的になり始めた頃に僕自身も欲しかったモトローラの端末だが,今となると妙にでかく感じる。アメリカでも最近は大分小さいものが出ているようだが,まぁこの程度でも問題ないのだろう。日本の最新の携帯に比べると,容積にして5倍くらい大きいんじゃないだろうか。

携帯電話の大きさの比較

 ノースカロライナのハナミズキの花がまた僕たちを迎えてくれた。昼食はApexのチャイナワンで。日曜午後の混み方も,味も,何も変わっていなくて,妙に懐かしい。ホテルは,チャペルヒルのイーストゲートショッピングセンターの前にあるホリデーイン。部屋にはいると冷蔵庫もなく,共同使用できる洗濯機もないことがわかった。ワシントンDCに比べてグレードを落としすぎたか?僕らが暮らしていた頃にショッピングセンターの並びにあったターヒールインはすっかり跡形もなく,新しくデイズ・インとして生まれ変わっていた。こっちの方が良かったかな。

 研究室のボスC先生に電話をすると,夕食をご馳走するので今から家に来いとのこと。道に迷うこともなく,無事到着。初めてボスの手料理,(といってもステーキだが,)をいただく。このあたりの家並みは,とてもアメリカ的で落ち着く。ESLのD先生にも連絡したが,留守番電話だった。

4月10日(月):昨晩は,調子に乗って食べてしまったので,朝食抜き。久しぶりの研究室へ。デンタルスクールでのボスの活動が認められたのか,さらに大きな部屋へ引っ越しした直後だった。懐かしい顔に会えて,ひとまずほっとする。今回の訪問の目的は,最後にやり残した実験を終えること。ラボが先週引っ越ししたばかりだったので,何がどこにあるかがほとんどわからず,右往左往しつつ,実験計画の立案に頭を悩ませながらも,何とか6時過ぎに終了。ノースカロライナの初日から頑張りすぎたか。医学関係の本屋が近くにあったのだが,別の場所に引っ越し。大きくきれいになった割には,歯科の本の種類が少なくなっていたのが残念。

 夕食はフムヌクさんご夫婦に誘っていただき,オーククリークショッピングセンターに新しくできたメキシコ料理のON THE BORDER Mexican Cafeで。ここは,チャペルヒルにある他のメキシコ料理とひと味違う。オープンエアのちょっとおしゃれな雰囲気と美味しい料理を楽しみながら,このあたりの最新情報などで盛り上がる。僕らの知らなかったことをいっぱい教えていただいた上に,最後はフムヌクさん宅までおしかけ,デザートとお茶,そして特別に娘の診察までしていただいてしまいました。娘の足にでていた湿疹を見た瞬間,目と顔がお医者さまのそれに変わったのを僕は見逃しませんでした。ありがとうございます!とても素敵なご夫婦でした。あとで気づいたのだが,今日は僕らの結婚記念日だった。が,二人ともすっかり失念。

お店の前で

今日の母子:バーガーキングで朝食。まずかったそうだ。バンクオブアメリカでトラベラーズチェックをデポジット。この銀行の営業時間は,9時〜5時まで。金曜日のみ5時半まで。娘の通っていたプリスクールに顔を出し,担任のJ先生と二年ぶりに再会。チャッキーチーズで昼食。思い切り遊べたようだ。

4月11日(火):実験二日目。顕微鏡を覗くと昨日蒔いた細胞も調子が良さそうでほっとする。いや,だめなら,ノースカロライナ観光に徹すればいいからそれはそれでよいのだがノ 昼は,研究室の前のビルにあるターヒールカフェでフライドチキンサンドと懐かしのオニオンリングを。レジのおばちゃんはそのままだし,値段も変わっていなかった。

 長旅の疲れからか能率が落ちてきているため,午後は実験を少し早めに切り上げ,New Hope CommonsショッピングセンターにあるBestBuyやOfficeMax,Walmart(ロゴが新しくなった?)で,がらくた集め。万が一のために段ボール箱と荷造りテープと紐も購入。

雑貨ならまずウォルマート
とりあえず電化製品が揃うBest Buy

その後,僕らの帰国後,再オープンした「はとや」の位置を確認。日本のテレビ番組のビデオが豊富。店の大きさは東洋食品よりも狭いが,商品はよく整理されている。ちょっと頑張ってクラブツリーバレーモールへ (さらに疲れそうなことをしているじゃないかというつっこみは無し) 。ここでも新しくオープンしていたBabbageユsにさっきBestBuyで買ったばかりのソフトが10ドルも安く売っていたので,ちょっとがっかり。夜はフードコートの寿司栄で。残念ならがマスターのOさんはいなかったが奥さんが気を利かせてくれて電話をかけてくれしばらく雑談。サイドビジネスも軌道に乗り,かなり忙しそう。

 ちょうどイースターシーズンだったので,この時期どこのモールでも必ずいる「ウサギと一緒に写真を撮ろう!」コーナーで,うちの娘も写真を撮ってもらう。嬉しかったようだ。

イースターバニー

 写真挿入予定

このモールには,気に入ったお店が多かったため,今回もつい,いろいろと衝動買いをしてしまったが,なかでもCoolなのが,文字通りパーソナルクーリングシステムバージョン2.0。アルミニウム製の襟巻きのようなもので,首に巻き付ける部分の中に水を入れ,中に入っているモーターがその水を冷やすときの気化熱によって,温度を下げるという原理らしい。SHARPER IMAGEで購入。日本でなかなか手に入りにくいスケートボードのrazorも日本より安い価格で売っていた。D先生とやっと連絡が取れた。明日会えることに。

今日の母子:ダーラムのワイブスへ。以前自分たちが一年間住んでいたアパートの近くにある懐かしいプレイグラウンドと写真撮影。ハリスティーターで買い物。バンクオブアメリカでアドバンストメンバーに。新しいチェックカードは日本に送られてくることに。

4月12日(水):朝,日本のパンを売っているというデジャビュへ。ちょうどパンを作っていたSさんにご挨拶して研究室へ。ちょっとあいた時間に隣の研究室だったY先生と日本の科学研究費補助金の審査やレビューの不公正さについてアメリカにいる研究者の立場からの批判を聞いた。アメリカでは一つの研究費申請につき,3人のレビューワーが真剣にその申請につき検討を加え,20人からなるcommitteeが集まり,その意見を聞き,点数をつけるという制度になっており,申請書を読むときにたまたまレビューワーの虫の居所が悪かったからといって,理不尽な点数をつけることができないような仕組みになっているのだそうだ。しかも申請者には,非採択の場合でもどこが悪かったのか伝わる仕組みになっているとのこと。これがあるために,研究者は次回の申請時にこれを考慮することができる。なるほどもっともだと思う。

 昼は,Ram's Head Rathskellerというステーキ屋へTさんに誘っていただく。ここは,帰国直前にも親しい仲間たちとフェアウェルをしていただいたところだ。お店自慢のGamblerというステーキをダブルにしてかぶりつく。シンプルな料理だが,なかなかいける。フランクリンストリートからすぐ半地下に降りたところにあるのだが,中が随分と広いことに気がついた。いくつかのセクションに分かれていて,なかでもCaveという部分は,洞窟の中で食事をしているような気分になれる。いかにもUNCの学生が好みそうな場所で,落書きもそこら中の壁やベンチに。ごちそうさまでした。

 実験の方は,やはりいまひとつ思ったような結果が出ず残念。明日に期待。夕方は少し早めに研究室を出て,ESLのD先生と落ち合う。アメリカにいたときよりも英語が上手になっているのはどうしてか?などとお世辞を言ってもらう。こっちの人は,本当に人を誉めるのがうまい。僕が通っていた頃ESLで話していた,彼女がお気に入りの秘密のコーヒーショップへ連れていってもらう。いやぁ,いいところでした。たしかに場所は秘密にしておきたい。この2年以内に娘さんと日本に来たいというので,そのときは是非案内させて欲しいと伝えて,名残惜しいのだが再開を約束してお別れ。

 Wellspring groceryで,フレッシュスクイーズのオレンジジュースを購入。ホテルには冷蔵庫がないので500mlを一気飲み。超満足。

 夕方は,またボスのC先生宅へ。子供が遊べるようなレストランへということだったのだが,なんと閉店になっていた。C先生は,「ついこの間行ったばかりだったのに!」と悔しがることしきり。気を取り直して,同じくCaryにあるj.gilbert's wood-fired grillへ。僕はノースカロライナ名産の豚を使ったスタッフドポークを。ここは味もさることながらサービスがとても心地よい。家に戻ってブラウニーとコーヒーをいただく。子供達が眠くなってしまったので,ご家族には再会を約束して暇乞い。楽しいディナーでした。

 この2年足らずの間に,新しいアパートも増え,車の交通量も増えた。フライデーセンターの前にいきなり大きな道ができていてびっくり。ここに住宅街ができれば54号も渋滞するようになるだろう。大学構内を巡回するUバスの色が,UNCのスクールカラーの水色を基調とした彩色に変わっていてちょっと新鮮だった。

今日の母子:ヒルズボローでESLのディレクターJ.A.M.さんとユニバーシティモールでカードラッグで買い物。Bさん宅でお茶。ゼイニーブレイニー,ウォールマート。娘が帰国直前に使っていた英語調の訳の分からない言語をしゃべりだす。多少は思い出したのか?

 

オーガニック食品はウェルスプリングで

4月13日(木):朝から雨。外は上着が必要なほど寒い。実験は思うようにはいかず,ほぼ断念。雨に打たれて煉瓦に集まる黄色い花粉を見て思い出したが,アメリカに来てからくしゃみが止まっている。やはり空気を漂う花粉の種類が違うのだろう。UNC出身のマイケルジョーダンをフィーチャーした「23」というレストランで同じ研究室の技官の夫婦に招かれてランチ。僕は,スモークサーモンのクラブサンドイッチをいただく。ペカンパイのデザートもなかなかアメリカンで美味しかった。ジョーダンのファンだったら,聖地にもなりそうな場所の割には,空いていた。シカゴにもおなじ店があるということだが,店を構えるのにチャペルヒルほどうってつけの場所はないだろう。モダンな店内では大きなスクリーンにジョーダンのビデオがたえず流れ,ジョーダングッズも店で買うことができる。フランクリンストリートには,「23」だの「411」だの「35」など,随分と数字だけのレストランが多いこと。

 昼からは,図書館で資料集め。いつの間にか,眩しいくらいぴかっと光った瞬間にコピーがとれる機械が撤去され,ごく普通のスキャンするタイプの機械に変わっていたのが,ちょっと残念。コピーカードは,日本に忘れてきてしまった。が,システムが替わり学生も職員も必ず持っているUNC ONEカードにデポジットしたドルが使えるようになるらしい。

A Southern Seasonのバタードポップコーン味のジェリービーンズは,従来のジェリービーンズの概念をうち破る優れもの。是非お試しを。

 携帯電話の電池の保ちが意外と短く,常に充電させておかなくてはいけないことに気づく。が,あと1日もてば良い。

 未だに「あのとき,ああいう言い回しを使えば良かったのに」と悔しい思いをすることは多々あるのだけれど。一人で考え事をするときなど,気がつくと英語の方が先に出てくるようになっている。2週間英語環境にいるとそれなりに感覚が戻ってくるものなのかも。ヒヤリングだけでも保てるといいのだけれど。それなりの努力と時間が必要だ。

 アメリカに来てからテレビニュースの話題は,いつもキューバの少年,エリアン・ゴンザレス君のこと。父親の渡米で,どこの局でもまず最初の話題として取り上げられるほどだ。ジョンベネちゃん事件も時折思い出したように出てくるのには,ちょっと驚き。

 夕方はY先生宅で。自分たちの近況などで盛り上がりながらトムロビンソンの刺身やステーキなど僕らの大好物をご馳走になった。僕らのようにUNCのデンタルスクールに来る日本人は,Y先生ご夫妻のような方たちがいるから,強烈なホームシックに襲われることもなく仕事に専念し,チャペルヒルの生活を楽しむことができるんだということを再確認。ありがとうございます。

 ホテルに戻ると,Kさんが最新版のチャペルヒルダーラム生活案内を届けて下さっていた。「まわりのアメリカ」も,なんと表紙で紹介されている。ちょっとくすぐったい気持ちもするけど,とてもうれしい。僕にとっては今回の旅行でのかなり重要なお土産になりました。どうもありがとうございます。

今日の母子:Lさん宅。Kさんの家に。サザンシーズン,Kマート。

 アメイズンキャッスルが閉店していたとのこと。フィットネスワールドに。娘が楽しみにしていただけに,かわいそうなことをした。こちらは本当に店の撤退が素早い。

 どうやら本当に買い物をしすぎたらしい。スーツケースに収まるだろうか?部屋にあふれる品物を前に夜が更けていく。

4月14日(金)→4月15日(土):

 まだ少し雨の残る中,朝5時半に起床。結局,最後まで時差ボケはとれなかったような気もする。歳かなぁ。OFFICE MAXで購入した段ボール箱を使うこともなく無事パッキングも終了。8時にチェックアウトを済ませてRDU空港へ。今回は特に渋滞もなく車と携帯を返却。携帯電話の使用料は,「後で請求書を送るわよ」と言われたのだが,いったいいくらなんだろう?便利に使っていたもののちょっと不安。同じ研究室のT先生には空港まで送っていただき,チャイルドシートをお返しした。明日からご家族がノースカロライナへ来るとのこと。お世話になりました。ユナイテッドのカウンターでチェックイン。シカゴへ。出国はいつも,いつ済んだのかわからないが,緑色の入国カードをはがされた時点で終了しているのだろう。ビジネスクラスへのアップグレードを試みるも,このチケットではできないと断られ断念。14日の朝に飛行機に乗るのに,到着は次の日の夕方。アメリカ初日はそれほど得をした気持ちにならないのに,帰りはいつも損をした気持ちにさせられる。成田も冷たい雨。いったいどうした気候だろう。リムジンバスで再び箱崎へ。箱崎にはワゴンタクシーが常駐しているので,帰りは荷物が後部トランクからはみ出ることもなく乗車。ほっとするまもなくシートに座った瞬間に指に痛みが。どういう具合かシートベルトで右手小指の爪を半分ほどはがしてしまった。最後の最後にアンラッキーだが,旅行中に何もなくて良かった。ま,こんなもんだろ。あ,また,くしゃみが!

アラスカ上空

 

以下整理中

Headlinenews.com

he American Hotel & Motel AssociationのTraveler Safety Tips 1〜10

キーワードはゾビラックス?

2000年4月23日 


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